99.3.19 ジャビルカ通信 第90号
通信88号でふれた「秘密文書」ですが、その内容をかいつまんで紹介します。
2点ありますので、文書A、文書Bとします。
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文書Aは、98年12月1日、在日オーストラリア大使館(東京)発、オーストラリ
ア外務省あて外交電信の写しです。すなわち、京都での世界遺産委員会本会議でジャ
ビルカ開発に関する(工事停止勧告をふくむ)決定がなされた直後、オーストラリア
代表団が本国に打電した報告文書です。裏交渉の一端も開陳されています。
文書Bは、99年1月23日付で、オーストラリア連邦環境省次官ロジャー・ビール
が環境大臣ロバート・ヒルに提出したブリーフィング(概要報告)文書です。次回の
世界遺産委員会(7月にパリで開催)にむけて、カカドゥ国立公園の「危機遺産」指
定をなんとか回避させるための交渉計画と進行状況を報告し、閣議での了承をもとめ
ています。かなり赤裸々な内容で、「危機」にあるのはカカドゥだけでなく、ユネス
コ世界遺産条約の運用そのものであることが判ります。
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文書Aは4ページ。本国外務省のほか、17ヶ国(後述)のオーストラリア大使館と
国連(ニューヨークとジュネーブ)のオーストラリア代表部に同報されています。
文書Bは本文6ページ、それに22ページにおよぶ具体的なロビー活動計画書が添付
されています。
文書Aは Confidential (機密指定)、文書Bには Highly Protected(極秘)とスタ
ンプが打ってありますが、漏れちゃいましたね。公式には、ウラン開発推進の立場を
とる/とらされている連邦環境省ですが、個人的にはジャビルカ開発からカカドゥを
守りたいと考えている職員は少なくないのです。
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■さて、文書Aの内容:
委員会での議論に先立ち、米国とオーストラリアのあいだで、米国がビューロー原案
(ジャビルカ通信81号のリストにある文書15)をただちに採択するよう動議をだす、
というシナリオが練られていることが明記されています。しかし、本番では米国代表
の前にタイ代表が発言し、カカドゥ公園内のウラン鉱山の存在そのものに対する根本
的な疑念が提起され、また、危機遺産の指定にあたっては当事国(この場合はオース
トラリア)の同意は必ずしも必要ないとの見解が示されたことが報告されています。
*注:会議では、結局、このシナリオが発動されましたが、
多くの国からの予想外に厳しい意見表明があり、それが
フランス提案につながりました。国際法の専門家として
尊敬されているタイ代表ウィチェンチャルーン博士の発
言は、オーストラリアにとって相当な痛手だったようで
す。
ユネスコの公式諮問機関であるIUCN(国際自然保護連合)とICOMOS(国際
記念物遺跡会議)がジャビルカ開発にきわめて厳しい意見を述べて、ビューロー原案
に同意しないむね宣言したことが深刻な事態として報告されています。
*注:会議ではICCROM(文化財保存修復国際センタ
ー)も前記2団体に賛同しました。つまり、ユネスコの
公式諮問機関が3つそろってビューロー原案に反対し、
カカドゥをただちに「危機遺産」に指定するよう勧告し
たわけです。
次期世界遺産委員会でこの問題が決着するまでの間、ジャビルカ開発工事の停止を勧
告する、との提案をフランスがおこなった主な理由を、オーストラリア代表団は次の
ように分析しています。すなわち、上記の専門機関の明確な助言、現地調査団報告書
(フランチオーニ報告、ジャビルカ通信81号のリストにある文書2, 3, 5)の明瞭な
結論(ジャビルカ開発の中止勧告)、そして(開発に批判的な)多くの一般報道があ
る以上、単なる議論の先送りでは、世界遺産委員会そのものの信用が失われるとの認
識を多くの委員が抱くにいたったからであると。
文書Aは、京都会議での12月1日の議論の様子を以上のように報告したのち、代表
団として次のような観察を加えています。
・NGOのロビーイングが激しかったこと
・カカドゥ問題の審議が終わって、各国委員が一様にほっとした表情を示したこと
・フランス提案(工事停止勧告)に対する支持が非常に強かったこと
・ただしフランス提案が歓迎されたのは、「optical reasons」によるもの
(つまり、ビューロー原案だけでは、委員会が役割を果たしていないとの
批判に耐ええないと、多くの委員が感じたこと)
文書Aではまた、会議の裏交渉において、豪・米・加・伊・日が主要な役割を演じた
ことが述べられています。フランス提案の文面を確定するうえで米国の委員が深く関
与した、という注目すべき記述もみられます。また、次期ビューローの構成国を選挙
するにあたって、アジア地区代表に(有力候補だったタイをはずして)韓国を選ぶよ
うオーストラリアが各国に働きかけて、功を奏したことも明記されています。
*注:タイはジャビルカ開発に批判的、韓国の電力会社は
ジャビルカのウランの有力購入者です。次期ビューロー
の構成は、日本(議長)、ハンガリー(書記)、イタリ
ア、韓国、モロッコ、ベニン、キューバです。うち、ジ
ャビルカ開発推進派は日本・韓国、明確な反対派はイタ
リア・ベニン・キューバ。ハンガリーとモロッコは態度
未定。
文書Aは、東京発の外交電信として、キャンベラのオーストラリア連邦政府外務省の
ほか、下記の国々のオーストラリア大使館およびニューヨークとジュネーブの国連オ
ーストラリア代表部に同報されています。フランス、ギリシャ、タイ、ブラジル、ハ
ンガリー、ベネズエラ、ジンバブエ、マルタ、メキシコ、カナダ、韓国、スウェーデ
ン、アメリカ、レバノン、イタリア、ケニア、イギリス。これらの国は、委員会で発
言したことが文書Aのなかで言及されている委員国、および豪州ウランの輸出入に利
害のある国(仏、加、韓、瑞、米)です。なぜかドイツが抜けています(有力輸入国
)。マルタがなぜ入っているのかは分かりません。
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■さて次に、文書B:
執筆者のロジャー・ビール次官は、京都での世界遺産委員会のオーストラリア首席
代表。名前に覚えのある方もいらっしゃるかと思いますが、同じく京都で97年にひ
らかれた温暖化防止条約会議(COP3)にオーストラリア代表として参加し、米国
との連携プレーで京都議定書の骨抜きに「第活躍」した、あの人物です。
文書Bは、まず状況認識として、世界遺産委員会でのフランス提案への支持が「圧倒
的」だったこと、またNGOのロビーイングが各国レベルで相当効いていたことを認
めます。この情勢を7月の次回委員会までにくつがえすことは難しい、と判断してい
ます。
一方、世界遺産委員会での各国代表の発言は、それぞれの国の文化財保全/環境保全
の担当機関の見解であって、それぞれの国の政府レベルでの見解と必ずしも一致しな
い、として、NGOのロビーイングは前者レベルであり、オーストラリア政府として
は、今後、後者レベルでの外交努力に全力を傾け、政府レベル意見が次回委員会に反
映させるようにすべきである、との基本的戦略を提案しています。
*注: これは、分析としては(日本以外の国に関する限り
ですが)当たっています。しかし、世界遺産委員会を
そのような「国益調整」の場に変質させてしまうこと
は、ユネスコ世界遺産条約の精神に根本的にそむくこ
とになります。
また、「先住民族が開発に反対している」との国際的批判に合理的に反駁するのは現
状では難しいため、先住民族との関係を少しでも改善する必要がある、として、アボ
リジニーに対してより踏みこんだ条件提示をすすめるよう促しています。その交渉姿
勢として、ビール次官は次のように述べます。ミラルの態度を開発賛成に転じさせる
ことは不可能であって現実的ではない。工事がすでに進み、鉱山の存在がもはや既成
事実であることをミラルに認識させることが重要だ。そうすれば、ミラルは望まない
ながらも条件闘争路線に転じざるをえないだろう、と。(また、添付の計画書のなか
では、ミラル以外のアボリジニーに対する施策を手厚くする必要も示唆しています。)
ビール次官は、すでに(連邦政府の)司法省・外務省・産業科学資源省・内閣府の担
当官たちと協議して、以下に述べるとおり今後の作戦をまとめたので、環境大臣がこ
れを内閣に提案し、了承をとりつけ、十分な予算を配分するよう要請しています。
挙げられている作戦の主なもの:
・ユネスコの現地調査報告(前述フランチオーニ報告)を一字一句に
いたるまで徹底的に分析し、あらゆる誤謬、情報の不備、形式の不
備、曖昧さ、不確実さを列挙した詳細なリストを作成する。
・世界遺産地区ないしその周辺で鉱山開発がおこなわれている30の
事例について調査し、比較リストをつくる。
(つまり、ジャビルカ開発にだけやたら厳しいじゃないか、
という論理を組み立てるため)
・ラムサール条約会議(6月にコスタリカで開催)をカカドゥ問題の
ロビーイングの場として位置づけ、各国代表団や関係部局のなかで
意思決定の鍵をにぎる人物を特定し集中的にロビーイングをおこな
う。鍵人物は、世界遺産条約の直接の関係者である必要はない。
・日本・米国・カナダ・フランスに対して特に強力なロビーイングを
おこなう。
・世界遺産の評価において「予防原則」を適用することが、国際法上
ふさわしいかどうかを検討する。
(京都会議では、この「予防原則」を世界遺産保全の今後の
重要な原則として重視する議論が優勢だった。つまり、
害をおよぼすかどうか確実に証明できなくても、害をおよ
ぼす可能性をできるだけ回避するという考え方。)
・世界遺産条約における当事国の権利を国際法の見地から検討して
おく。(前述文書Aのタイ代表の指摘を論破するため)
・国連の「世界先住民族権利宣言(案)」をこの問題に適用すること
が国際法的にみて適切であるかどうかを検討する。(適用を主張す
るNGOに反論するため)
・カカドゥ国立公園の管理運営委員会に北部準州政府代表を参加させ
るように国立公園法を改訂する。
・これらの作戦を効果的に実施するため、内閣および全省庁をあげて
十分な人員と予算を投入し、在外公館の人脈もフルに活用する。
それぞれの作戦について明確なスケジュールを設定し、進捗状況に
ついて報告させ、環境大臣が全体を掌握する。
そのうえ、こうした対策をとったうえでも「危機遺産」指定をまぬがれえない可能性
が残るとして、その際には(つまり7月のパリ会議でカカドゥ国立公園が「危機遺産
」リストに登録された場合には)、国内世論を沈静化をはかるために、アボリジニー
の生活水準向上と文化保全のために一層の対策をすすめる必要があり、そのための支
出をERA社と協議しておく必要がある、と提言しています。
*注: ここにハワード政権における先住民族政策の本質が露呈
しています。つまり、アボリジニーのために何かする、と
いうよりも、アボリジニーに同情する人達の批判をかわす
ために何かする(金をばらまく)、という姿勢です。
このほか、文書Bには、まだまだ驚くべき「作戦」のアイデアがちりばめられている
のですが、もう胸が悪くなってきましたので、ここまでにします。
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いやはや、これが環境保全のための役所のする仕事かと呆れますが、逆にいえば、こ
れだけなりふり構わず、条約も法律もねじまげてでも、ジャビルカのウランを掘るぞ
ー、というオーストラリア政府(ハワード保守連立政権)の「本気さ」もよく分かる
文書です。予算としては、とりあえず100万豪ドル(約7600万円)が請求され
、今後、さらにつぎ込むことになるようです。
オーストラリア連邦議会では、当然ながら、このような政府の方針が問題となり、上
院では、世界遺産委員会に関連した連邦政府文書のすべてを議会に提出するよう求め
る決議が可決されました(2月18日)。これは、文書Bが示すような政府の「作戦
」が、オーストラリアの外交関係に重大な影響をおよぼしかねないこと、また、多額
の予算が投入されることから、議会でのチェックが必要であるとの判断からです。3
月中旬現在、政府はこの請求を拒絶しています。
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■さて、私たちとして何をすべきか、何ができるか。
今日はもうへたばってきたので(他のいろいろな仕事のあいまに時間を盗みつつやっ
てますので..)、続きは次号とさせていただきますが、いくつか基本的なことを述べ
ておきます。
★議長国としての日本の責任がきわめて重要になってきたこと。
カカドゥ/ジャビルカ問題の扱いが、世界中の環境保全や文化保全(とくに先住
民族の文化権・土地権の保障)の大きな試金石であることが、これまで以上にはっき
りしてきました。世界遺産委員会の議長国であり、かつ、ウラン開発推進の当事者で
あるという、「利益の衝突」をどのように克服するか。日本という国の良識と品格と
外交センスが試されています。
★アボリジニーを分断し、またアボリジニーと環境団体を分断しようとする動きが、
今後強まるものと予想されます。これまで築いてきた情報網・人脈・信頼関係が試さ
れる場面も出てくる、との覚悟をかためておきます。
★ラムサール条約関係者にカカドゥ/ジャビルカ問題をよりいっそう理解してもらう
必要があります。この点については、「ジャビルカ通信」読者の皆さんのアイデア、
アドバイス、ネットワークが大きな力になります。どうか、ご協力を!
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